トンガから「しましま」についての一考察
「てんてこまい」とか「ポップな感じで」とか「ぎくしゃくするわ」とか「地に足ついてる」とか、好きな日本語はいろいろあるのですが、なかでも特に、私は「しましま」という日本語が好きです。
ちなみにボーダーの服も好きです。
私が「しましま」と、はじめて真面目に対峙したのは学部の4回生のときでした。
日本語専攻出身なのですが、当時「語源」の講義を受けており、その期末レポートで「どうして「しましま」は「しましま」というのか」というテーマでレポートを書きました。
学部4年間で数々のくずレポートを書きましたが、あのレポートが一番記憶に残っています。
語源の授業で学んで今覚えていることは、「漢字をとっぱらってひらがな、または音で日本語を見てみると、言葉同士のつながり(人間関係的な)が発見できるかも」ということです。
例えば「紫(むらさき)」には「むら」という音が入っていますが、「村」の「むら」と音が同じです。「さき」は「花が咲きます」の「さき」と同じ音です。
むら + さき
雑ですが、村に咲いていた花から抽出できた色を「紫」と言い出したんじゃね?と予測できます。
つまり漢字がちがっても、もし音が同じならそれらの語は意味を共有しているかも、そこからある語がどうしてその語になったのか分かるかも、というわけです。
それで「しましま」ですが、「しましま」と似たような音の言葉を探してみると、「島」Islandがあります。
島がふたつでしましま…
学部4回の私によると、かつて日本は東南アジアの国(インドネシアのジャワという説がありましたが)から織物を輸入していました。
その輸入していた織物が濃い色とうすい色が交互に織られたものだったようです。
昔の日本人も貿易相手の東南アジアの国が、小さい島がいっぱい集まった国だと知っていたようで、
島がたくさんある国からきた織物の模様 →島々から来た模様 →島々の模様 →しましま模様
ということです。
日本も島々やけどな、と江戸時代の人に言いたいですね。
彼らも、しましまが400年後の日本でこんなにも定番の模様になるとは想像しなかったでしょう。
レポートが日本の実家にあるので、残念ながらいつの時代の貿易だったかなど詳細は確認できないのですが、講座の先生から音韻(もっと細かい音の話、昔の日本語の音に甲音、乙音とかいう分類があります)についても検証したらもっと良いな~とご指摘頂いたのを覚えています。
いずれにせよ、わたし調べでは「しましま」の「しま」はIslandの「島」だったんですね。
つまりトンガでしましまのTシャツを着るのはとても正しいと思われます。
ところで私は葛飾北斎が好きなのですが、東海道五十三次コースター(職場で発掘、先輩隊員が持ち込んだと思われます)を眺めていると、「荒井」(写真左)と「品川」(写真右)にしましま模様を発見しました。
グーグル検索したところ、やはり「荒井」の船頭さんがしましまの服を着ています。
ちなみに「品川」のほうは船の帆が縦じまです。
しましまは線が楽なうえに可愛いので、私は人間の絵を描くときによくしましまを着せてしまいます。
北斎に詳細は聞けませんが、江戸時代にはすでにボーダーの服はあったということでしょうか。あるいは版画にする時に楽だったのでしょうか。
トンガからアクセスできないのですが、文献データベースかなにかで「しましまもやう」とか検索してみたいところです。
最後にもうひとつ。
辞書を引くと、トンガ語で「しましま」は「Matohitohhi」と言うそうです。
「tohi」は「線」という意味で、「Ma」が複数を表すとのこと。
「Ma(複数)tohitohi(線線)」ということでしょうか。
たくさんあるものを、「線線」のように語を繰り返して表現するというのは、日本語の「しましま」つまり「島島(たくさんの島)」と同じ発想で、ちょっと親近感です。
ただトンガ人の同僚に「トンガ語でしましまってどう言うの?」と聞くと、「多分無い。ストライプじゃない?」と言っていました。
みなさんの言語や、勉強中の外国語で「しましま」はどう言いますか?