教師になるためのシラバスは
シラバス作りが闇雲です。
シラバスというのは、ある講座の中で何をどのような順番で教えるかを示したリストのことです。大学の履修登録で「シラバス」というところを見ると、全15回の授業がどのように進んでいくのかわかりますよね。
わたしが作らなければならないシラバスは、2年後に日本語教師になる学生を対象とした、教員養成講座のシラバスです。
作業としては、学生が勉強すべき項目を抽出し、
それをどのような順番で学ぶと効果的か検討し、
最終的に2年間の指導スケジュールとして示すことになります。
先輩隊員の方が残してくださったシラバスがあるのでそれを参考にしつつ、しかしトンガ全体での教材や教育課程の変更等もあったため自分でも考えつつ、シラバス作りを進めるわけです。
理想としてはシラバス作成→授業実施→講座終了後に評価→来年度にそなえてシラバス改訂…という流れなのですが、
なんせハリケーンで学期が遅れたり、出勤初日から授業が突然あったりしたもので、現在授業とシラバス作りを同時にやっている状態です(後行シラバス実践中と言い訳します)。
五里霧中、闇雲にダッシュ、自転車操業、火の車、自分でぐるぐるを止められないハムスター…
イメージはいろいろありますが、スリルあふれる現況はともかく、
とてもとてもむずかしいのが、そもそも「日本語教師になるために勉強しなければならない項目」とは何か、というところです。
日本人が日本で日本語教師の資格をとりたければ、日本語教育能力検定試験というものがあり、それに合格できるよう学習すればよいです。
日本語教師養成講座や大学の専攻もあり、そこには日本語教師になるためのシラバスが存在します。ちなみに私は、口のどこを使ってどのように音を出すとか、マンボウの「ン」とケンタッキーの「ン」は違う音(/m/と/n/)とかいった、音韻論の分野が今でも苦手です。
その日本語教師養成講座のシラバスをそのままトンガに持ってきていいかどうか。
わたしの学生は、トンガで日本語教師になるトンガ人のひとたちです。
カキクケコは無声音でガギグゲゴは有声音、アクセントには平板型と頭高型と尾高型がある、オーディオリンガルメソッドは構造主義言語学と行動主義心理学に支えられていてパターンプラクティスで有名…この知識が優先的に必要とはどうしても思えないわけです。
日本人教師と同じことを勉強する必要はない、それだけははっきり主張できるのですが、ではトンガ人日本語教師には何が必要なのか、シラバスに何を含めるべきか。
私がいいと思う教師像の押し付けではないか、学生が選択できるように客観的に理論や知識を示すべきではないか、いやでも教師と学生もご縁やし、うちがいいと思うことを教えたらたええんちゃうんか…
考え出すと五里霧中、無限ループ、終わらない旅という感じです。
トンガ教育省(1997)の日本語シラバスを見ると、トンガの日本語教育の目的が見えてきます。
トンガにおける日本語教育の目的としては、
1.異文化理解:価値観のちがいを知り思考の幅を広げること、
2.基本的コミュニケーション能力:喜びをもって4技能を伸ばすこと、「かんたんな~ができる」を目指すこと、外国語で自己表現することや相手を理解することに喜びを見出すこと、
とあります。
また、シラバス作成の理念としては、
教室活動はシラバスに制限されない、
日本国内(JLPTなど国内で用いられる指標など)にとらわれない、
学習者本位であること、
機能中心であること、
螺旋状に習得していくこと、とあります。
やや乱暴に言うと、トンガの日本語教育は「上を目指さない日本語教育」と言えるのではというのが私の理解です。
日本語能力をがんがん上げていくより、外国語を体験させそれを楽しいと思わせたり、日本の話を聞いてトンガを再発見させたりすることが、むしろ重視されているのではと思いました。
このようなトンガで日本語教師になる人のための、トンガ人日本語教師養成シラバス、そのひとつの例を示すのが私の活動の達成目標でもあります。
霧に突っ込みながらもひとまず1年、真面目にやりたいと思います。
先日「教材」「教具」についての授業をしました。教具とは教えるときに使う道具なのですが、代表的なところで言うと「あいうえおカード」なんかがあります。
その他「レアリア」と呼ばれる実物、けん玉やだるま落とし、日本の雑誌や新聞、これは教育目的のグッズではないですが、工夫次第で授業で使えるやつです。
日本から持ってきた居酒屋(居心伝北千里駅前店、鉄板焼き、ドリンク280円)のメニュー表を見ながら、これをどんなふうに授業で使うかなんかを検討します。
カタカナの読み練習、野菜の語彙を覚える、作り方を説明する、数字を読む…いろいろ出ましたが、教具について学習している学生たちが、そもそも教具にかなり食いついていました。
チャイムが鳴ってもメニューをずっと読んでいたり、日本語での発話に奥手な学生が、まさかの乗り物カードを楽しそうにみて「しょうぼうしゃ」「モノレール」と声に出していたり、子供向けの「ひらがなパズル」を自然と作り出したり。
教具の活用法、レアリアの効果を指導しているはずの私が、教具すげー!と実感する結果に。
パワーポイントの授業に頼りがちでしたが、専門業者がここぞと作った教具を素直に頼るのも大切だと、私があらためて思いました。
少なくとも、シラバスの中に「教材」「教具」について学ぶ時間を入れることはありのようです。
ちなみにTIOE日本語リソースセンターにはなんとも趣ある教具がたくさん…日本の教育機関であれば捨てられているであろう古い教具も(光をあてて写真を映すやつですね)。
ネット上にきれいな教材がいくらでもある昨今ですが、トンガは日本語教育分野の歴史的な価値もあるかもしれません。
【参考】トンガ教育省(1997)Japanese Language Syllabus JP ver.