トンガの今日は

南太平洋トンガ王国 日本語教師 青年海外協力隊

勤務初日は

2月26日月曜日、出勤初日です。

ハリケーンの影響で2週間遅れのスタートでした。

お世話になる職場はTIOE(Tonga Institute of Education)という学校で、教師を目指す学生が高校卒業後に通う、トンガ唯一の教員養成校です。

わたしはここで、日本語教師を目指すトンガ人学生に、日本語と教授法を指導することになります。

 

明るくキュートな女性の先生が多いなか大変紳士な科学の先生がいらっしゃいました。

現在この先生と私の2人が外国人教師で、紳士先生はもう15年以上もここで教えているとのことです。

15年前から今日まで、何人ものJICAボランティアがこの学校に入っているようで、

" I know...Mokoto(多分まことさん), Daiku(多分だいきさん)and 2 or 3 Tomoko(2~3人のともこさん)" と、これまで会ったボランティアの名前を教えてくださいました。

 

出勤初日です。

あるのか無いのかうやむやだった授業が、突然ありました。

このかわいらしい平屋が日本語教室です。ハリケーンで屋根がなんとも趣ある感じになっています。そして学校内にも私の大好きな野良ニワトリが。

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実益の無いなか高校卒業後も日本語を学ぼうとする学生はかなり貴重で、今年のTIOEの日本語学生は2年生が一人、1年生が二人です。

この3人、トンガ日本語教育の将来にとって大切な大切な3人です。

私のボランティア活動の最も重要な成果は、彼女たちに確実に卒業してもらい日本語教師になってもらうことでしょう。

 

見切り発車このうえない初回授業は、とりあえず教室を掃除(アリが木の机を暴食していたため)、そしてMy Learning Japanese Historyと題し、教師として学ぶ前に学習者としての自分を振り返ってもらいました。

当時の先生、使った教科書、文化体験、学習者としての気持ちの変化などを、時系列に記入します。

ここでも驚いたのですが、学生たちはこれまでに会った日本語教師を全員覚えていました。

この先生とは「涙そうそう」を歌った。この先生とは「ぽにょ」を見た。この先生のときに男子たちが相撲をした。この先生とPerfect Humanを踊った(私も踊れるのでいつか一緒にやりたいです)。ぜんぶの先生が巻き寿司を教えてくれた。と、各先生との思い出も出てくる出てくる。

しかもクスっと笑いながら話してくれるので、なんかおもろいことあったんやろな~というのがよくわかります。

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TIOE初日は、これまでにこの学校や彼らと関わった、多くの日本人のみなさんを感じることとなりました。

出会った人といい思い出があるからこそ、その延長線上でやってきた日本人の私に、紳士先生は親切に話しかけてくださり、3人の学生は日本語を続けて今日私は彼女たちに会えたんだと思います。

トンガの人達の記憶に今も残る先輩隊員を尊敬するとともに、覚えているトンガの人達に感動、そしてちょっとうらやましいです。

 

そういえば大家さんの孫の男の子(3歳児、常に全力)も、何回も「Ayumiやで~」言うても、「Hi, Yuka!!」とキュートにあいさつしてくれます。

彼は前住んでいたYukaさんをよく覚えているようで、なにかいい思い出があるのかも。

彼に名前を覚えてもらうことはあきらめましたが、先輩隊員のみなさんのように、トンガの人に「日本から来たあいつ」とのいい思い出を残せたら、それだけでも協力隊の意味はあるように思いました。